『死んだら飛べる』読了。各作品も素晴らしかったのですが、めずらしくあとがきで驚愕しました。

コンピレーション作品です。
スティーブン・キング御大は作品提供(当然)と編纂に関わっているだけでなく、思わずにやりとさせられてしまう序文の執筆、さらに各作品の冒頭に「ひとこと作品解説(?)」を寄せている。



キングが飛行機嫌いというのはファンの間では有名で、作品完成後のプロモーションのために全米各地を訪問する際にも飛行機ではなくバイクで移動したこともある。今じゃ体力的に出来ないだろうけどね。


さて、本作品はキングの公式ホームページ Stephenking.com で初めてその題名を知った時から気になっていた。原題は「Flight or Fright」。なんともキングらしい題名ではないか。イラストは国内で発売された文庫本に比べると随分シンプルなものだ。



キング作品で飛行機について語られた作品としては「ランゴリアーズ」が代表作(だと思っている)だ。というか、他にはあまり飛ぶことについての作品はないのでは?(後日、吸血鬼が飛行機で移動する作品「ナイト・フライヤー」があることに気づいた)

ランゴリアーズは『機上で目を覚ますと数人の乗客以外消失。どうやら覚醒していた乗客は機外へ消え失せた模様。就寝していて助かった乗客とたまたま居合わせたパイロットとともにバンゴア空港に降り立つ乗客たちを待ち受けていたのは常識では考えられない状況と、「時空を喰う怪物」から逃げ出す方法を見つけることだった・・・』というストーリー。小説も映画(テレビ用中編として作成)も面白かったな~。
空間移動方法として「ジョウント」という技術をもとにした作品もあるけど、飛行機で飛んでいるのかどうか分からないからね。


序文でキングは飛行機に登場するための面倒な儀式(というか準備)に辟易し、航空事故に関する統計的な危険について警鐘を鳴らし、果てには自らの恐怖体験を織り込み、これから始まる恐怖のフライトについての期待をこれでもかと煽ってくれる(嬉)。


【各作品についての感想】

1.貨物:E.マイクル・ルイス著
軍用輸送機により本国へ移送されるある「荷物」。そこには現地から帰国するための医療スタッフが同乗するが、姿の見えない名もなき同乗者が・・・というオハナシ。
軍の組織のような大所帯では仕事が細分化されていて、好むと好まざるとに関わらず(つまり自ら志願しなくても)本作のような「汚れ仕事」を引き受けざるを得ないケースがあるんだろうなという現実的な状況を理解する自分と、いや、そりゃねぇべ。と脱兎のごとく逃げ出したい自分が同居する。



2.大空の恐怖:アーサー・コナン・ドイル著
航空技術創成期から10数年。上へ上へと侵攻する人類を迎える謎の生命体とは・・・というオハナシ。
その昔超高密度物質が存在する惑星(衛星?)で人類が想像出来ないようなコトに遭遇するというようなSF作品を読んだことがあるような気がするが、題名・著者名ともに失念。書籍も恐らく定期的な断捨離で手元にはない。
そんな超現実的なストーリーを真逆の「気圧・空気の希薄な場所」で展開した作品。いみじくもキングがひとこと作品解説で言及しているように”この作品が書かれたのが1913年 ライト兄弟が有人動力飛行を実現してからわずか十年後の作品”ということを念頭に置いて読むと、当時の読者の恐怖は想像を絶するものだったろう。



3.高度二万フィートの悪夢:リチャード・マシスン著
飛行中の旅客機の翼の上に怪物が。目撃した男以外には目にするものはなく、やがて怪物がエンジンを壊そうとするがそれを阻止するために男がとった行動は・・・というオハナシ。
もちろんトワイライトゾーンであまりにも有名な作品。原作を初めて読んで思ったのは「こんなにも原作に忠実に映像化していたのか」ということと、主人公の心の動きはやっぱり小説で表現するほうが「狂気への転落が納得できちゃう」ということ。



4.飛行機械:アンブローズ・ビアス著
超短編。子供のころに読みまくった星新一なみだな(笑)。あらすじの書きようもない・・・というオハナシ。
恐らく「大空の恐怖」のように”飛ぶ機械”に対する人類の耐性が試される時代にしか創作できないような作品。文章は短いのだが(たぶん300字くらい?)、人間という生物の欲と好奇心など、特徴を短い言葉で表現した作品。確かにコワイ。
後で調べたら、なるほど。「悪魔の辞典」の著者なんですね。



5.ルシファー!:E.C.タブ著
これは時空旅行小説ですな。出だしはまるでおぞましいハードボイルド小説のようですが、その時点で犠牲になっているヒトは既に亡くなっているので幸せです。むしろ主人公であるフランクがこれから体験するコトのほうが100倍恐ろしい・・・
キング作品で言えばダークタワーシリーズ、手塚治虫で言えば八百比丘尼が出てくる火の鳥異形編と同様の筋立て。ダークタワーも火の鳥も長い時間軸でのループとなるが、本作では刹那の時間での出来事。これがまたコワイ。やっぱ最後に叫ぶのは『ルシファー!』だな。



6.第5のカテゴリー:トム・ビッセル著
物語冒頭、主人公が眠り(?)から覚めると機内の乗客が全て消えている・・・まるでキングのランゴリアーズのようだ!
ところが、そのあとのストーリーは全く異なる。スーパーナチュラルでもホラーでもミステリーでもなく、ま、現代社会の恐怖(特別な環境下での)とでもいうところでしょうか。最後になってようやく『第5のカテゴリー』の意味が分かります(ニヤ)。



7.二分四十五秒:ダン・シモンズ著
二分四十五秒とはポップス1曲分の長さであり、ジェットコースター1回分の長さでもある。そして人が急速に迫りくる死に思いをめぐらせるに十分な時間だ、と筆者は示している。また、ここでは「落ちる」「飛ぶ」「跳ぶ」ことに対する恐怖も語られる・・・


写真、左はキング、右は筆者のシモンズですね。


8.仮面の悪魔:コーディ・グッドフェロー著
いわゆる「原住民」(という言葉が正しいのかどうか分かりませんが)というか、未開拓地方に残る『呪い』がテーマ。ま、他にも恐怖の元はいくつかあるけど「機内で仮面」という場面はめっそうこわい。そしてラスト3ページは映像化したらおぞましいだろうな。
恐怖というより、呪わしいという、キング作品で言うところのペット・セメタリー的作品。


このお茶目なおじさんが著者のコーディー・グッドフェロー。


9.誘拐作戦:ジョン・ヴァーリイ著

オリジナルは70年代に書かれたSF。夢も希望もないディストピア小説にSF的手法で表現したような作品。パラリンピックで障がいのある人も活躍できるんだ!という生易しい社会福祉とは比較できない登場人物の活躍(?)が楽しめる。

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筆者のジョン・ヴァーリィ。


10.解放:ジョー・ヒル著

題名が「解放」??
原題は確かに You are released なんだけど。
ま、世界の2大バカ政治家(一人は政治家ですらない)がしでかしそうな雰囲気である昨今、このオハナシはあまりにもリアリティがあって、普段とは全く異なる成分の汗が出そうな恐怖を味わうことが出来ます。どこにいても恐怖は感じられますが、飛行機の中でそびえたつ雲柱は確かにコワイ・・・



11.戦争鳥(ウォーバード):デイヴィッド・J・スカウ著

元来、戦争にまつわる物語はあまり好きではありません。カッコつけて言えば「戦争のような忌まわしいお話しには共感できない」とかなんとか言えそうです。でも実際には軍隊の階級とか組織内のしきたりとかが苦手です。
だから純粋な空戦や戦争内での個人的な戦いを表現したような作品はキライではないのかもしれません。子供のころに読んだのは「はだしのゲン」とか、え~っと松本零士が書いた漫画。なんだっけ?「鉄の墓標」とか。「サブマリン707」なんてのも良く読んでました。

だから本作は前半あまり馴染めなかったのですが、途中から(というか、もう終盤で)俄然面白くなります。ネタバレ過ぎるので書きませんが、とにかく戦争が人間のココロに及ぼす影響のことを思うとそれだけでホラー小説になるわけですね。



12.空飛ぶ機械:レイ・ブラッドベリ著

御大レイ・ブラッドベリによる作品。
「飛行機モノ」で「SFの大家」による作品は予想に反して古代中国のお話し。
どんな技術にもそれを渇望するヒトと恐れるヒトがいて、使い方を間違えると(本当の意味で)恐ろしいことが起きるという示唆に富む作品。
短い作品なのであらすじさえ書けないけど。
その代わり下のイラストで想像してください。

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13.機上のゾンビベヴ・ヴィンセント


題名に反して『地上でゾンビから逃げるグループが飛行機に乗り込む』描写が全体の97%。

最後の数行で本当の恐怖が首をもたげる、という作品。

それにしてもゾンビ系作品は小説も映像作品も徹頭徹尾希望を打ち砕かれるものばかり。本作もそのスタイルを踏襲しているのでご安心ください。

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キング大好きなベヴ・ヴィンセント


14.彼らは歳を取るまい:ロアルド・ダール著


いわゆる『三途の川を見て来た人』のお話。もちろん舞台は飛行機の上。

多くの先例に違わず、奇妙な体験をする人物はまるで夢の中のように身体は言うことを聞かず、意思とは関係なく物語が進行する。

そして忘却。

そして再経験するとき、彼はつぶやく。

『おれってくそラッキーなクソ野郎だよ』

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著者のロアルド・ダール。
彼は児童小説も書くし、彼自身パイロットだったので飛行機に関する知識も豊富。
ちなみに、宮崎駿も彼のファンらしいです。

15.プライベートな殺人:ピーター・トレメイン著


キングが序文で告白しているように、このテのアンソロジーには少なくとも1編は密室殺人もののミステリーがなければならない。

読者をミスリードする人物描写や軽妙な推理など定番のスタイルだが、入れ子のように2つの密室で起きる殺人は比較的珍しいのでは?

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著者。

16.乱気流エキスパート:スティーブン・キング


満を持して御大キングの登場。

しょっぱなから不思議な設定にグイグイ引き込まれる。

1章が短く、箇条書きのような筆運びはまるで同じ飛行機ネタの名作ランゴリアーズのようだ。

そしてこちらも定番の『結局不思議な設定のネタばらしは無い』まま物語は閉じられるが、妙に清涼な読後感。

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17.落ちてゆく:ジェイムズ・ディッキー著


詩編。

あとがきで知ったが、実話をもとにした詩。

夢を見るか、怖い想像をするときに考えてしまう『飛行機から落っこちる』物語。

いや、物語というよりひたすら描写。それだけに怖い。

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写真はイメージです。

あとがき~操縦室より重大なメッセージがあります:ベヴ・ヴィンセント


ただのあとがきと思って読んでいたら、ぶっ飛んだ。

***

このアンソロジーは2017年にキングの映画『ダークタワー』のバンゴア・プレミア上映会で、キングに突然『飛行中の恐怖にまつわるアンソロジーを編みたい。たくさん小説を集めないといけない。それがきみの仕事だ』と言われたのがきっかけ。


作品を収集するのはかなり骨の折れる仕事だったようだが、彼はやり遂げた。さまざまな協力者(存命の作品提供者やSNSに代表される”集合知”)の助言があったとはいえその中から吟味・選別する作業は楽しくも大変だったに違いない。


アンソロジーの大枠が固まってきてからベヴはキングの『ランゴリアーズ』を再読したが、作品群との存外な繋がりを発見する。


① 作中、ミステリー作家のジェンキンズのセリフ:『僕らは1963年11月22日のテキサス州教科書倉庫にあらわれて、ケネディ暗殺をやめさせるというようなことはできないんだ。

→タイムリープを利用してケネディ暗殺を阻止しようとする11/22/63のこと(?)

② また、ジェンキンズは密室殺人ミステリーの観点で意見を述べる。『ラリー・ニーヴンかジョン・ヴァーリーがこの飛行機に乗っていなかったのは、かえすがえすも残念だ』

ジョン・ヴァーリーは本書『誘拐作戦』の筆者ではないか!


と、まあ、この調子でキングの『スターシステム』の考察をすると、際限ない。自分でも認識しているつもりだがこのテの繋がりはキングが意図したものの5%も分かってないんだろうな~♪



あとがきまでこんなに楽しめた1冊に久しぶりに出会った。

蛇足だが本書巻頭にある『実在と架空を問わず、恐怖に満ちたフライトののちに飛行機を着陸させ、乗客を安全に家へ送り届けたすべてのパイロットたちに、本アンソロジーを捧げる。』

その名前の中にランゴリアーズに登場するブライアン・エングル機長が含まれている・・・


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エングル機長ね。この役良かったよ。
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aquavit103

Author:aquavit103
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丙午生まれの♂。
40歳から始めた自転車に乗り、20歳で出会ったRIOTというバンドを愛し、14歳から読んでいるスティーブン・キングの本を読むことを至上の喜びとしています。