いや、一体何回目の読了か覚えてないが、読むたびに印象が変わってくる作品。
手塚治虫オフィシャルサイトにあるあらすじ紹介文は以下の通り。
東北の大地主・天外(てんげ)家の末娘・奇子(あやこ)は、家長・作右衛門(さくえもん)が、長男市朗(いちろう)の嫁・すえに生ませた不義の子でした。
一方、戦地から復員してきた次男の仁朗(じろう)は、GHQ(連合国軍総司令部)の命令で、郷里淀山の左翼政党支部長の謀殺に関わります。ところが犯行後、仁朗が血のついたシャツを洗っているところを、奇子とお涼に目撃され、仁朗はお涼を殺してしまいました。市朗は、身内から犯罪者を出して天外家の家名が汚れるのを恐れて、仁朗を逃がし、幼い奇子を、永久に土蔵の中に閉じ込めておくことを決めました。
やがて月日は流れ、奇子は、土蔵の中で美しい大人の娘に成長していました。そして道路建設のために土蔵が壊されることになり、奇子は20年ぶりに外の世界を見ることになったのです。しかし、純粋な少女の心のままに成長した奇子の目に映った外の世界は、醜く恐ろしい欲望の渦巻く世界でした。
いやー、現代においては本作品の出版自体が不可能なんじゃないかな。
というか、コミックでこのような社会派作品は当時としては珍しいのでは?
(本作連載時期は戦後の復興もひと段落付き、戦争を知らない子供たちが大人になるころの1972~73年)
手塚治虫といえば、自分は火の鳥シリーズが大好きなのですが、社会派作品も面白い。
『アドルフに告ぐ』や『きりひと讃歌』など、他にも社会派作品はあるのだが、本作品はテーマが重すぎる。
上記2点の作品では、強烈なキャラクターが様々な目的を果たそうとする。
しかし『奇子』では登場人物の多くが時流に流されていくなかで過去の過ちを隠蔽したり、忘れようとする。まるで「臭いものにはふたをしろ」精神だ。
重いテーマはざっと挙げただけでも、
殺人
姦淫
虐待
幽閉
家督相続
精神障害
近親相姦
密偵
暴力革命
作品の題名になっている登場人物の1人(主人公とは言えないかなー)、奇子は俗世の垢にまみれた他の登場人物とは一線を画しており、清廉潔白。というか、無垢。
全く罪を犯していないわけではないが、長い時間幽閉されていては常識を知らずとも無理はない。
現在では考えられないが、戦後の混乱期には幽閉や人身売買などがあり得ると思えるところが怖い。ま、戦後から数えてわずか75年しか経っていないのだが。
簡単に『戦後の混乱期』と書いたが、実際にその時代を生き延びた人の苦労は1割も想像出来ないだろう。
戦後20年経ってから生まれた自分でさえ、そうだ。
自分の子供世代はどう感じるだろうか?
米同時多発テロ、イラク人ジャーナリストの殺害、ロシア野党関係者の暗殺未遂、香林坊問題・・・
我々戦後生まれでもピンとこない話題だが、子供世代では、遠い海の向こうの話題であるとしか感じないだろう。
若い世代が悪いのではない。
そういう世界がいまだに残っていること、大人世代がそれらを未解決なまま次世代に継承しようとしていることに対して申し訳ないという気持ちしか無い。
かなり脱線したが、このテのストーリーは結末は覚えていないことがほとんど。
というか、むしろ場面場面での登場人物の心の動きを想像しながら読むのが楽しい。
無垢な奇子はじめ、ほとんどの人が何かの悪に手を染めながらも、厳しい時代を生き抜くためにやむを得ない行動だと理解してしまうところが、一層本作のダークな面を引き立てる。
さて、
手塚治虫の作品は膨大な数に及ぶが(執筆期間との兼ね合いから考えた場合)、執筆年代によって作品のカラーがかなり変わってくる。
様々なサイトで手塚作品の研究は行われているだろうから、ここでは語らない。
しかし、自分にとって大きな影響を受けた作品は大きく分けて2つに大別される。
【子供のころに親しんだコミック、及びアニメ】
昭和40~50年代を少年時代で過ごした自分にとって、まさに手塚作品を経験したのは、少年向け作品と劇画調作品の双方を創作し、はたまた迷走し、一皮むけた時代だったと勝手に思っている。
つまり、
鉄腕アトムや
火の鳥などを「少し前」の作品として追いかけ、リアルタイムにはブラックジャックをはじめとする少年誌掲載のコミックを読んでいた。
平行して
鉄腕アトムの再放送(やリメイク)、アニメ化作品を見る。
強烈に
手塚治虫作品に魅かれると、様々な短編やショートストーリーも読むようになるが、同時に音楽や小説にも興味を持ち始めるようになると、小遣いが足りなくなる(笑)。
思えば他のジャンルにおいても「興味を持ったクリエーターの作品を追うようになる」という現象が自分の中で発生する。
小学生のころにハマった(理由は読みやすいから)星新一しかり。
小学生のころ姉の影響で聞き始めた洋楽しかり。このころはベイ・シティ・ローラーズ(笑)に始まり、クイーン、キッス、からのアイアンメイデン(!)。
中学生で開眼したスティーブン・キングしかり。
中2で初めて聞いたアイアンメイデンを皮切りに、『メロディアスだけどハードな楽曲』が好きになっていく。
なんだ、今の自分を構成しているモノはこのころ体験したものばかりじゃないか。
自転車だって当時はどこに行くにも一緒だったものだ。
【成人後親しんだ作品】
子供のころのコミックは一人暮らし、結婚、転居・・・等により紛失してしまったが、結婚後購入した作品はある程度保管している。
蔵書をチェックしてみた。
1.
鳥人大系:鳥が高度な知能を持ち人間と敵対するようになったら?近未来SF的な作品。
火の鳥ではナメクジの一種が人類亡き後の地球で繫栄する・・・というハナシもあったな。
2.
ファウスト:もちろんゲーテのそれを手塚風にコケティッシュなキャラで表現したもの。「ネオ」もある。
3.
ブッダ:お釈迦さんの話。歴史ものを分かりやすく著すのも得意だったんだな。
4.
ロストワールド:初期傑作集という書籍に収録。「地底国の怪人」という作品も同時に収録。自分の手塚作品のイメージは
鉄腕アトムに代表されるように「読む台詞がメチャ多い」というものだが、さすがに初期作品、1コマが余裕があり隙間だらけ。これを読むと日本の子供向けSFの原点という気がしてくる。
5.
空気の底:短編集。ブラックジャックに代表されるような短編読み切り作品も得意とするところ。ざっと見ただけでもいろいろなテーマが内包されている。ナチス迫害後の時間操作ものSF、BJ的黒人差別に対するある回答、経済至上主義に対するジキルとハイド的考察、幻覚の中の愛・・・
6.ダスト8:オビにあるあらすじ → 禁断の”生命の石”を手に入れた8人がたどる奇遇な運命の末路は・・・! 生と死が交錯する異色サスペンス。
調子に乗って書きすぎてしまった。
漫画作品がこんなに多作で幅広くて問題提起もある漫画家である
手塚治虫。
やっぱり早く亡くなったのが惜しいな。
ルードヴィッヒが断筆になっているのが、ね。
スポンサーサイト
コメント